"Go straight" and "Three switchbacks" ~箱根を取り巻く2つの電車~
プロローグ~大きな大私鉄網の下で~
日本一広い関東平野には、日本で最も多くの人口が集中していると言われています(全人口の25%)。
人口が多いということは、人を運ぶ鉄道網も発達しています。その南西端にあたる神奈川県にも、JRだけでなく東急、京急、相鉄、京王、小田急と、じつに大手私鉄16社のうち、5社が路線を展開しています。
そんな大手私鉄とJRの路線網の空白区に存在する、ローカル私鉄を訪ねるべく、友人H氏と小田原を訪ねました。
エピソード1~ワープする不思議な列車に乗って~
今回の旅は突然に決まりました。友人H氏から「青春18きっぷが2回分残っているのだけど、使い道が決まっていない」という話を聞いて、「なら2人で日帰りでどこかに行くのはどうかな」と提案。あれこれ考え、神奈川のローカル私鉄と決まりました。
次は現地までの交通手段。私は池袋か新宿から「湘南新宿ライン」に乗っていくのはどうか、と考えていました。ところが、友人H氏が「埼玉の君の家から行くなら、武蔵野線から鎌倉に直通する快速が使えるのではないか」というのです。
改めて調べてみたところ、実は武蔵野線の南越谷駅から鎌倉駅に向かう「ホリデー快速 鎌倉」という列車が見つかりました。どうやら私の記憶の中で、この列車がなくなって前記の急行列車になった、ということになってしまっていたようです。
そこで、この列車で大船まで行き、そこで東海道線に乗り換えて小田原へと向かうことにしました。
さて、当日朝、武蔵野線某駅に現れたのは185系の6両編成。その昔、東海道線から伊豆方面に向かう特急「踊り子」用に用意された車両です。
このタイプの車両に初めて乗ったのは、何年も前に東海道線を下る旅をした時。
品川駅で、熱海駅までの普通電車がこれになるとわかったときには「特急用電車に運賃だけで乗れるなんてすばらしい」と感動しました。しかし実際には、事故による遅延で乗客が集中し、ただでも定員とドアの少ない特急用電車に無理矢理詰め込まれて熱海まで立ち席になった上に、熱海駅では、乗り継ぎ先のJR東海の電車が我々を待たずに行ってしまう、という、忌まわしい思い出の電車として残ってしまいました。
今回は座席指定を取っての乗車。遅れもほぼありませんでしたし、もちろん立ち席客であふれる、ということもありませんでした。
武蔵野線は、東京西部の府中本町と千葉県の西船橋*1の間を埼玉県経由で結んでいてる路線、として一般には知られています。しかし本来は、この武蔵野線、日本の東西を結ぶ貨物列車を、都心を通さずに行き来させるために産まれた、道路で例えるなら圏央道や外環道のような路線なのです*2。したがって、武蔵野線は、旅客列車との乗換駅がある中央・高崎・東北・常磐・総武・京葉の各線だけでなく、日本きっての大動脈である東海道線とも連絡をしています。この連絡線は一般的な路線図には書かれていません。しかし、時折、今回の「ホリデー快速鎌倉」のような臨時列車がこの区間を経由して運転されます。
そんなレアな線路を通るせいか、指定席で僕らの後ろの陣取ったのも鉄道好きの一団。ああだこうだと蘊蓄を並べています。
府中本町駅を通過した列車は、程なくトンネルの中へ。携帯もつながらなくなります。しばらくしてふっと明るくなったかと思うと、眼下には複線の線路。どうやら京王相模原線のようですが、すぐにまたトンネルの中へ。
さらにしばらく進むと、今度は貨物ターミナル駅が見えてきました。
川崎市にある梶ヶ谷貨物ターミナルという場所のようです。近くにある「梶が谷」駅は東急田園都市線の駅なので、いつの間にか神奈川県に入っていたことになります。
そして再びトンネルに入り、出ると、列車は、たくさんの線路が併走する場所を走っていました。ここは鶴見駅の構内。脇を走るのは東海道線。彼方の高架には鶴見線の姿も見えました。ここでポイントをガチャガチャと越え、東海道線に入っていきます。府中本町駅通過からおよそ30分で、あっという間に横浜駅に到着です。
ほぼトンネル内を走る、ということは、周囲の様子の変化もうかがえません。突然、全く別の場所へ放り出されるかのような感覚は、この列車ならではかもしれませんね。
エピソード2~Go Straight!またはローカル線はひたすら聖地を目指す~
大船駅で、東海道線の快速列車アクティーに乗り換え、小田原駅に到着です。さすが観光地の表玄関。巨大なモニュメント…小田原提灯が改札の上で出迎えてくれました。
高い天井が展示場かアリーナのように全体を覆う、という、非常に開放感のある構造の駅です。
改札を出て軽く食事を取ってから、いよいよ伊豆箱根鉄道・大雄山線に乗車です。
この特徴的な丸いヘッドランプ・テールランプ、そして黒い縁取りの感じは、この会社が西武鉄道のグループ企業であることをあらわしています*3。
注目すべきは運転席上の行き先表示。「大雄山」の文字が白く点灯していますが、その隣にうっすらと「小田原」の文字が見えています。多くの鉄道車両は、様々な行き先・列車種別に対応するために、ビニール製の幕を巻き取る形や、LED表示器を使用した表示装置を持っていますが、「大雄山」行きと「小田原」行きしか存在しないこの路線には、そうした装置は過剰投資のようです。シンプル・イズ・ベストの極致をここに見た気がしました。
3両編成の電車は、ゴトゴトと小田原駅南側のホームを出発し、間もなく緑町駅に到着。その後も結構頻繁に停車をしていきます。高架橋でよっこらしょとJR線をまたいでしばらく行くと、ひたすら直線区間を進みます。
鉄道路線の敷かれ方には、その路線のそもそもの建設目的が反映されます。この路線は、現在の南足柄市にある寺院「大雄山最乗寺」への参詣客輸送が目的だったとのこと。周囲の状況を構わず、まっすぐ進もうとするこの線路の敷き方も、そんな建設の経緯を示しているのかもしれません*4。
およそ20分ちょっとで、終点の大雄山駅に到着です。
ローカル私鉄ではありますが、終点らしいずいぶんと立派な構えの駅舎です。足柄といえばの金太郎像も見えています。
南足柄市の中心地のようで、駅前の道路にも共同溝がしっかり整備され、電柱が見えません。こぎれいに整備されていました。
しばらく駅周辺をうろうろして、お土産の羊羹を買って帰りの電車に乗り込みました。
エピソード3~Three Switchbacksそして天下の険は観光地に~
初めて乗ったのは小学生のとき。珍しく夏の海水浴以外で家族旅行に行くことになり、箱根・宮ノ下の大和屋ホテル*5に泊まったときのことでした。彫刻の森美術館に行ったり、逆に箱根湯本へ買い物に行ったりと、なんども乗った覚えがあります。
その鉄道としての面白さと、もちろん随一の温泉地であることに惹かれて、大学進学後も数度訪れています。
今回はまず、小田原から一気に終点を目指します。
昔は小田原~箱根湯本は、箱根登山鉄道所有の1両や2両編成の登山電車と、小田急の通勤電車・ロマンスカーがともに乗り入れていました。2000年代に入って、登山電車は小田原に乗り入れなくなったようです。代わりに、真っ赤に塗られた小田急の4両編成の電車が往復をしているようです。
今回も、そんな「真っ赤な小田急」に乗って湯本へ。
そこには、古いふるい電車が待っていました。
箱根登山鉄道と同じような路線規模のローカル私鉄は、たいてい大手私鉄の中古の電車を買い取ってきて使っています。私のふるさとの富士急行も、小田急やJRの中古の電車を改造して使っています。しかし、3段のスイッチバック、日本の普通鉄道ではもっとも急な勾配を持つ箱根登山鉄道は、普通の電車では走れません。専用の電車を作らなければいけないのです。このため車両の置き換えもスローペース。バリアフリー対応の新車もありますが、古風な電車もまだまだがんばっています。
あいにくの冷たい雨の中ですが、電車は力強く登っていきます。連休ということもあって車内は立ち席も多数。外国からいらした方も多いようです。
深い深い渓谷にかけられた出山鉄橋。そしてスイッチバックを繰り返して上っていきます。友人H氏は初乗車ということで、わくわくしながら車窓を眺めています。
強羅駅では、駅前の売店でお団子とお茶をいただきました。店員さんとタクシーのドライバーさんが、「あのあたりでは降ってるって言ってた。この間は今ぐらいの寒さであそこでも降ってた」と雪談義。
温まったところで、箱根登山鉄道の本当の終点、早雲山に向かうケーブルカーに乗り換えです。
日本離れしたデザインの車両はスイス製だそう。強羅公園の中を抜けて上っていき、ロープウェイとの乗換駅である早雲山駅にはあっという間につきました。
そして、駅の外を見てみると・・・雪でした。
早雲山駅は乗り換え用の実用一点張り。無骨なコンクリート打ちっぱなしの駅舎でした。
冷え込むので早々に折り返し。一路、宮ノ下を目指します。
宮ノ下には、たくさんのホテルがあり、温泉地箱根の中でも宿泊地、そして拠点とする人が多いと思われるところです。老舗のホテルもある古い街並みですが、そんな中でも代謝は進んでいて、新しいリゾートホテル風のところがあったり、ホテルだったところが入浴施設としてリニューアルされていたり、また改装中のホテルがあったり、といろいろです。
入浴施設「てのゆ」まで歩き、冷え切った体を温めてから帰りました。
帰りには最新鋭車両《アレグラ》が到着。
これでもかと窓を大きく取った電車は、6月の紫陽花や秋の紅葉シーズンには威力を発揮しそう。
かつては観光・行楽目的として開業した、箱根の回りの2つの鉄道。片や地元の足としての活躍、他方は現役の観光鉄道としてのエンターテインメント性の追求。それぞれの戦略が見えた旅でした。
*1:正確にはそこから先、京葉線の南船橋・市川塩浜の各駅までの支線を含みます。
*2:大幹線を結ぶ貨物専用路線には、ほかに山手線西側に沿って敷かれた「山手貨物線」があります。しかし今となってはこの路線も渋谷・新宿・池袋という副都心部を通過する路線となってしまい、「湘南新宿ライン」や「成田エクスプレス」など、旅客列車が多く利用しています。
*3:実際、系列のバスは白地に青赤緑の帯という、西武グループの共通デザインをしています。
*4:香川の高松琴平電鉄の琴平線も、高松港から金比羅宮への参詣客輸送に特化した路線といわれています。
*5:正月の箱根駅伝でおなじみの宮ノ下から、斜面下のホテルへロープウェイで降りるという変わった趣向のホテルでした。現在はお隣のホテルとともに建て直し中という情報があります。