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そらねっと通信局 on はてなブログ

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2016年8月14日・夏の18きっぷ旅第3日目 米沢~新庄~秋田

鉄道 旅行 東北 歴史

米沢→山形→新庄

当初の予定では、米沢を10時過ぎに出て、新庄まで直行、その後、秋田行きに乗り換えて午後4時頃秋田につく予定だった。だが、色々調べているうちに秋田でも見たいものが出てきて、乗り継ぎが多少悪いのを覚悟で早く出ることに。

 


昨日と同じたっぷりの朝食をとり、もう着ないであろう服をパッキングして、ホテルから自宅宛に宅配を頼んだところで7:15。急いでチェックアウトして駅まで走り、朝7:21新庄発山形行き普通425M列車に乗車。休み中の朝ではあるけれど、墓参などで移動する人が多いのか、結構乗客はいた。

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米沢盆地も庄内に負けず劣らず米どころ。両サイドには、育ちつつある稲が朝日に照らされて、まばゆい緑を広げていた。
山形には8:07着。一旦改札を出る。といってもちょっとした買い物くらいしかすることがない。すぐに時間は過ぎ、8:42新庄行き普通1427M列車の客となった。
風景は相も変わらずだが、よく見ると電車が右側通行をしている。ここから北山形までは、「単線並列」になっており、北に向かって左側の線路が「在来線仕様」の1067㎜のレール間隔(軌間)で左沢線仙山線が共用、右側の線路が「新幹線仕様」の1435㎜の軌間で、いま僕が乗っている奥羽本線山形新幹線が共用、というスタイルをとっている。最初は複線のままレールを3本敷設する「三線軌条」だったと聞いているが、いまはこの形になっているそう。

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北山形で左沢線が文字通り左へ分岐していくと、しばらくして今度はこっちが左側通行に。仙山線は逆に羽前千歳で右へ分岐していった。既存の設備を利用しての新幹線敷設も、なかなか楽ではないようだ。
一旦、人家のまばらな山間に入ったような気がしたが、ほどなくこれまで通りの盆地の穀倉地帯の風景に。しばらく進んで、9:52、新庄着。福島から続く奥羽本線の1435㎜区間もここまで。新庄駅構内には、むかしは繋がっていたであろうレールを分断するかのように駅舎への通路があり、「山形線」「山形新幹線」と、新庄~秋田~青森間の「奥羽本線」が向かい合わせに停車している。

 

新庄

新庄は、東西南北から鉄道路線が集まる交通の要衝。それは、そのままむかしもそうであったことを意味する。

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1時間ほど乗り換えに時間があったので、駅から10分ほどの「新庄ふるさと歴史館」を訪ねる。大きな山車が出る新庄祭りの様子、大量に集められたむかしの農機具・生活用品などをざっと眺め、駅へと戻った。

 

新庄~秋田

2両編成、今度は1067㎜軌間の電車に乗り換えた。ピンクの帯の701系。東北ではよくあるタイプの通勤電車だ。電圧の高い交流電化区間用の電車らしく、屋根のガイシがものすごくごつい。

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ただ、これから乗る11:19新庄発秋田行き普通列車2441Mは、秋田着が14:11。3時間近く揺られるわけで、ちょっと憂鬱な気分だ。しかも、帰省の時期。久しぶりに会ったとおぼしき同級生グループや、親子連れなど賑やか。ちょっとあちこち見て回っていたら席がなくなってしまった。
この区間には、子どもの頃からちょっと気になっていた駅が二つある。
ひとつは難読駅名として知られる「及位」だ。なにしろ名前が「のぞき」なのだから、いったいどんないわれがあってこんな名前なのだろうと、不思議に思い続けてきたのだ。

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実際には、森に囲まれた何ということはない駅で、列車も1分もせず発車してしまった。
もうひとつは、花火大会でも有名な大曲の少し手前にある「後三年」。1083年に起き、藤原清衡が奥州を手中に納めることとなった後三年の役については、仕事で本格的に歴史を教えるようになったことと、一昨年平泉を訪ねたことでがぜん気になっていた。この駅は、その古戦場に近いことから命名されたという。

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意外にも軌道設備は大規模で、構内に使用可能な線路を何本も持っていた。
大曲を過ぎると、また左側に線路が一本寄り添ってきた。今度は秋田新幹線の1435㎜の線路だ。ここも「単線並列」。秋田方面に向かって左側に在来線の線路が、右側に新幹線用の線路が一本ずつある。つまり、新幹線も単線になっているということだ。確かに以前秋田新幹線に乗った時も、このあたりで結構頻繁に新幹線が行き違い待ちをしていた記憶がある。複線に比べてダイヤに制約もあるし、元々新幹線仕様の線路ではないからスピードにも制限がある。それでもまあ、新幹線の車両が直接来る、というのは地元にとっては大きなことなのだろう。この線路を新幹線が向こうから走ってきたり、逆に後ろから追いかけてきたりしないかと時刻表を見てみたが、うまい具合にはいかなかった。2441M列車を降りてしばらくホームにたたずんでいたら、彼方のホームに秋田新幹線E6系が入ってくるのが見えた。

 「秋田城」跡へ

 

秋田城といっても、江戸時代のものではない。奈良時代に出羽の国衙国司の役所)として使われたという建物群のことだ。駅からバスで20分ほどのところにあるというので、早速出掛けてみる。

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まだまだ発掘途上ということだけど、すでに多くの木簡・陶器が出てきているそうだ。
東日本の古代の様子は、近畿に比べたらまだわかっていないことだらけだと思う。ただ、思っているよりも豊かな世界が広がっていそうで、楽しみだ。

 

秋田~二ツ井~秋田

日没が迫ってきた。ふと思い付いて、手元の時刻表を繰った。
秋田17:30発快速弘前行き3625M列車。これは二ツ井駅に18:38につく。その二ツ井駅には、弘前からの普通秋田行き1672M列車が18:44にやって来る。これに折り返しで乗れば、秋田には19:58着。ちょっと遅いがそのまま駅ビルのレストラン街で食事にしてしまえばよい。
よし、いけそうだ。
ということで、ふたたびきっぷを手に駅へと向かった。
こちらも701系の2両編成。運転席には二人。どうやら新人さんに指導役がついているようだ。
日は西にどんどん傾き、窓からは眩しい光が入ってくる。17:58八郎潟駅を発車。

しばらく進むと、車窓の左側の彼方に、予想通り夕日を背景に八郎潟調整池とその向こうに広がる大潟村の田園風景が見えてきた。

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太陽と水面と緑の植物が、防風防雪林の合間から、見事な光のマジックを見せてくれていた。

 

夕食

秋田駅ビルトピコ内「秋田比内地鶏や JR秋田駅本店」にて、親子丼・田沢湖冷麺・比内地鶏竜田揚げ。

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